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南海の名城・高知城 後編 - 2010.05.25 Tue

GW四国紀行VOL.14

高知城天守

藩政時代の姿を残す土佐二十四万石の山内家の居城、高知城。

この木造天守閣は全国に現存する12城のうちのひとつに数えられます。

天守は三層六階の高さ18.5mの建物で、創建当時の構造形式を保っています。
その姿態は千鳥破風、唐破風、入母屋破風を取り入れた造りで、
最上階の外側には回り縁と擬宝珠をつけた高欄がめぐらされています。


二の丸
高知城本丸


二の丸より本丸を望む
高知城二の丸より本丸


さて、意気揚々と登城していったのはいいものの、開門は9時からで天守へは入城できませんでした。トホホ

ということでちょっとだけ覗き見。。。
高知城窓

塀越しに。。。
高知城塀越し

あと30cmほど身長が高ければ内部が覗けたかもしれない・・・(-o-)


天守からの眺め、とまではいかないまでも城下を一望できる高さです。
高知城下

標高44.4mの大高坂山の頂に立つ天守閣からは市街地のほぼ全容が眺められるそうです。


残念ですがその眺望は次の高知訪問の際の課題に残しておきます。

高知城

高知城


城内には山内一豊の銅像もありました。
山内一豊

その歴史を少し・・・

山内一豊は1545年、尾張国岩倉に生まれました。
13歳のときに尾張岩倉城主織田信安の家老であった父の盛豊が討ち死にし、
以後、一豊は母と兄弟ともに流浪の生活を送ることとなりました。
一豊は流浪の末に織田信長の家臣であった秀吉に仕え、信長の越前朝倉攻めに出陣して武功をあげ、
以後も秀吉の配下として各地の戦いに参戦しました。
本能寺の変で信長が死去し秀吉の天下となるとそのもとで数々の功績を重ね、1585年に近江長浜2万石、
1590年に遠州掛川5万石を与えられ、検地や築城、城下町経営に手腕を発揮しました。
1600年の関ヶ原の戦いでの功績により土佐一国24万石を与えられ翌年入国、
高知城の築城と平行して城下町を整備し、現在の高知市の基盤を造りました。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と三代の天下取りの間を生き抜いて出世した
ただ一人の武将といえるでしょう。

その山内一豊が築城した高知城は1601年に着工、1603年には本丸と詰門、太鼓櫓が完成しました。
1727年には大火に遭い、追手門ほか数棟を残して消失しましたが、2年後に再建に着手、
24年掛けて復旧したのが現在の高知城です。

天守閣と追手門がそろって残っていることや、
全国で唯一、本丸内の建造物がほぼ完全な形で残っていることなどから、
城郭史上きわめて貴重な遺構であるといわれています。


それほど前知識もなく訪れた今回の高知城探訪でしたが、
思っていた以上に規模の大きい城郭で、その上見事に現存されていることに驚嘆を覚えました。

天守に登城するべく、ぜひまた機会を作って高知を訪れたいと思います。


(5月1日・高知城にて)

● COMMENT ●

お城。

お城の石垣フェチです(笑)。
あげん重いもの。。。どう据付たものか。。
昔の先哲はすごかですね。。。

お城自体も、クレーン無しで建てたものですから
たいしたものです。

見に行きたい!

遠いところなので馴染みが無いと思ってましたが、歴史を知ると意外と近畿と縁が深い。
大河ドラマ「功名が辻」は見てなかったので、天下人三代に仕えたってところをドラマで観てみたかったな。
城としてはひこにゃん城と同時期に築城されたものなんですね。天守の最上階なんてなかなかイイ感じですネ。
入れなかったのは残念でしょ、伊賀で忍びの修業でもされます?
ああ、めっちゃ行きたくなってきたな。7駆さんなら日帰りで行くやろね・・・

高知城

>全国で唯一、本丸内の建造物がほぼ完全な形で残っている・・

全く知りませんでした。こちらからは遠いから馴染みがないからかも。
開門前の到着・・
高知再訪の口実(?)が出来てよかったかも
是非、天守に登城を・・

No title

実は高知に住んでいたのに高知城は足を踏み入れたことがなかったりして・・・。
周囲である朝市とかはちょこちょこ見に行ってたのになんでかな?(笑)
江戸以降に高知は山内の領土となりそれ以前の長宗我部の家臣は「郷士」となって虐げられるようになる。
後にその郷士から坂本龍馬が出てきて徳川の時代は終焉を迎えるとか、歴史は色々と絡み合ってつながってるんだなって思いますね(^^)

tansokuさま

ここはお城も立派なら石垣も立派でした。
見ごたえありますよ~。

それをすべて人力でやり遂げたことを考えると、すごいとしか言いようがありません。
現代の我々に同じことをやれといっても、到底ムリですね。

路渡カッパさま

そうなんですよね、遠地にあって造詣が深くないので意識にはなかったんですが、こうして現地で見て聞いてするといろんなことが分かってきます。
百聞は一見にしかず、とはよく言ったものです。(^^)
近畿ばかりか越前までその歴史にかかわってますからね。
遅咲きの歴史探訪、結構楽しんでます。

日帰り探訪だと出来の悪い頭には記憶に残んないかもしれない・・・
そこは7駆サンのテリトリーということで。(^^ゞ

7駆さま

遠いとはいえ7駆サンなら十分日帰り圏内。
高知城へ寄って四万十を回って足摺岬へ行って帰っても日帰り・・・でしょ。(^^ゞ

高知にはやり残したことがいっぱい。
また機会をつくって出かけなきゃ、もちろん泊まりでね。

ピィさま

そーなんですか、高知城未訪問・・・
近くにあるからいつでも行ける感覚だったのかな。(^^)

その地その地で見て聞いて、歴史をひも解いていくといろんなことがわかってきますよね。
それにかこつけてドライブしている事実も否めませんが。へへっ


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