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広島平和記念公園 - 2008.10.27 Mon

平和記念公園 原爆ドーム

1945年8月6日、広島市を一瞬にして壊滅させたのはアメリカ軍が投下した原子爆弾。
その過ちを繰り返さないために、また爆死者の方々の慰霊のために
爆心地に近いところに設けられた公園だということはみなさんご存知のところ。



平和記念資料館
平和記念資料館

ここでは被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料が展示されています。
平和記念資料館

平和記念資料館

平和記念資料館 腕時計

被爆後の市内の様子
平和記念資料館

爆弾投下前、平穏な町並みが
平和記念資料館 投下前

一瞬にしてこんな惨状に
平和記念資料館 投下後
左下の赤い棒が爆心地です。


平和記念資料館 ドーム
戦争の悲惨さが身に浸みて感じられます。

二度とこんなことが起きてはなりません。
憲法第9条を遵守しましょう!



平和記念公園

原爆死没者慰霊碑
平和記念公園
平和記念公園

平和の灯(ともしび)
平和記念公園
手首を合わせ、手のひらを大空にひろげた形を表現しています。
この火は、1964年8月1日に点火されて以来ずっと燃え続けており、
「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けよう」と
反核悲願の象徴となっているそうです。

私が生まれる前から燃え続けているんですね。



原爆の子の像
平和記念公園
2歳の時に被爆した佐々木禎子という少女が、小学校6年生の時に突然白血病と診断され、
闘病生活の後、1955年10月25日に短い生涯を終えました。
禎子さんは「鶴を千羽折ると病気が治る」と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の
鶴を折り続け、病気を乗りこえ懸命に生きようとしました。(「サダコ」の物語より)


佐々木禎子さんをはじめ原爆で亡くなった多くの子どもたちの霊を慰め、
世界に平和を呼びかける目的で建立されています。



原爆ドーム
原爆ドーム
言わずと知れた原子爆弾による被爆の惨禍を伝える歴史の証人たるもの。
当時、広島県物産陳列館として造られた建物でしたが、
原爆の投下により建物は一瞬にして大破。爆風がほとんど真上から働いたため、
壁の一部は倒壊を免れ、ドームの鉄枠のみ残ったそうです。

原爆ドーム

原爆ドーム
剥がれ落ちたレンガやコンクリート、むき出しの鉄骨鉄筋をみると
その威力の凄さが窺い知れます。


原爆ドームの保存に関しては紆余曲折あったようですが、世界遺産にも登録されました。
その歴史を後世に伝えていくためにもいつまでも保存して欲しいと思います。

● COMMENT ●

お久しぶりです。

私も何年か前に同じようなコースにて広島観光いたしました。
やはり印象に残ったのは原爆資料館、昨年は長崎の資料館も見てきましたが、やはり見ておくべきものだったと思いました。
しかし宮島は台風の影響にて厳島神社の一部が破損し見学できませんでした。それだけが心残りでしたが・・・。
広島名物のつけメン食べました~?。
結構おいしかったですよ~、店も雰囲気ありましたし・・・。

ジオラマの

爆弾投下前と投下後を見ると、原爆ドームの跡が残ってるのが不思議なくらいです。
戦争は、かっこ良く、あるいは美しく語るものではなく、
こういう悲惨なリアリティを語り継ぐのが大事ですね。

戦争きらい!

な反面、戦艦大和やゼロ戦を見るとワクワクしてしまう。オトコノコダカラ・・・

ただ・・原爆ドームは心に突き刺さりますね・・
非戦闘員の命を無差別に奪ってしまった事実は決して正当化できるものでは無いはず。


二度と繰り返さないのが僕らにできる最大の供養ですね。



広島紀行   ユメノナオキ様

コメントありがとうございます。
長崎しかり沖縄しかり、直視できないような歴史がありますが、現実として記憶にとどめておかなければいけないと思います。
百聞は一見にしかず、やはり現地でその時代の資料を紐解いてみるのが、その歴史を理解するのに一番だと常々考えています。
あの台風一過の後の宮島に行かれましたか!残念でしたね。
今では見事に復旧されていますよ。またの機会にぜひ・・・
広島グルメ、あれもこれも気になって、今回は広島風お好み焼きとあなご飯を選び、つけ麺まで手が回りませんでした。
次の機会にはぜひ・・・

リアルな   緑茶のふろく様

ジオラマでした。その威力が一目でわかる・・・

原爆ドームの近くで炸裂したため建物は爆風と熱線を浴びて大破し、天井から火を吹いて全焼したものの、爆風がほとんど垂直に働き本館の中心部は奇跡的に倒壊を免れたそうです。
いろんな要因が重なったとはいえ、焼け野原の中で奇跡的なことですね。
こういう歴史を目の当たりにすると、争うことの醜さが身にしみて感じられます。

no more war   ふっちゃん

過ちを二度と繰り返さない!
それが一番大事なこと・・・心に留めておかなければいけません。
私に言わせれば自衛隊も不要。(賛否両論あると思いますが)
軍事防衛費をほかの予算に回せれば・・・
ヤボな話はやめておきましょう。

でもU.S.Air Forceの戦闘機を見るとワクワクしますよ。
トップガンは大好きです。(古っ!)

原爆投下直後の

広島では、瓦礫の山の中を、皮がむけたり全身血だらけだったりする人たちが、避難先へ逃げていったり、まだ瓦礫の中にいる家族を手作業で掘り起こしたりしていたそうです。
あの全てが吹き飛ばされたジオラマの中で生きている人たちがいたと思うと、核兵器の恐ろしさと許せなさを思います。
原爆症などの裁判に参加して、少しでも力になりたいと思っていますが、まだまだ道半ばです。

平和

実に重みがあって、なおかつ絶対に守らなければならいものだと思います。
そのためには何よりも殺し合いをする戦争というものが如何に馬鹿げた憎むべき行為かを過去の歴史から学ぶべきでしょうね。
日本人のみならず、世界の人間が同じ気持ちになれば・・・
この世から戦争を無くす努力は、ひとりひとりの意志の力。
国家間のエゴを超越すべきなんでしょうが、難しいと思わず
続けていくことが大事でしょうね。

原爆投下   とっち様

その惨状の様子を原爆資料館で見て、読んで、凄惨さを感じ得ました。
目を背けたくなるほどひどい状態の被爆者の方の写真もありました。
でもそれが現実なんですね。
ここへは子供たちを連れて行ったことはありませんが、3年前に沖縄へ行ったときにこの手の施設を歴訪し、戦争が何たるかを話し合いました。
その歴史を伝え、再び過ちを起こさないようにすることがこれからの私たちの務めだと思っています。
とっち先生も頑張ってください。

平穏平和   路渡カッパ様

カッパさんの意見に私も同意します。
私たち庶民は常に平和を願っているんでしょうが、国家間の争いなんて一部の上層部の考えで事を引き起こしているとしか思えません。
最近、政党政治についても考えることがあるんですが、本当に国民のことを考えているのか甚だ疑問に思います。
思えば思うほど、結局は私利私欲が絡んで最終的には自分の生活を守りに走っているとしか思えなくなってきました。
国家間の争いも、それのちょっとスケールのでっかい版程度のもんじゃないでしょうか?
ちょっとハナシがずれましたけど・・・


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