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2009-07

和歌山城 - 2009.07.22 Wed

豊臣秀吉の命を受けて、その弟・豊臣秀長が築城した和歌山城

和歌山城


その和歌山城を散策してきました。

和歌山城

           和歌山城

秀長は和歌山城築城に携わったものの、その完成を見ずして大和郡山に在城し、
秀長の家臣であった桑山重晴が城代として和歌山城に入城しました。

桑山氏は在城14年の間に和歌山城の本丸部分を築城。

その後は関ヶ原の戦いで功のあった浅野幸長が城主となり
19年間の在任中に二の丸部分やお屋敷の整備、
その後の基礎となる築城工事を施工しました。

浅野氏が安芸国へ移った後は徳川頼宣が入城。
以後和歌山城は御三家紀伊徳川家の居城となりました。

和歌山城


楠門
和歌山城
総楠木造りの天守閣二の門


 
二の門櫓
和歌山城

和歌山城


楠門を通り抜け、二の門櫓を過ぎると天守閣への入口です。

和歌山城


楠門から望む天守閣
和歌山城


ここ和歌山城は姫路城、松山城と並ぶ日本三大連立式平山城。
天守閣にニ基以上の小天守閣がつき、連結しているものを連立式といいます。

市内中心部に位置する虎伏山の頂に建造され、
北川を流れる紀の川を天然のお堀としています。


和歌山城



天守より眺める和歌山城下 (クリックするとビッグにパノラマに)
和歌山城下

和歌山城下



同じく天守から見た二の門櫓(左上)と乾櫓(右上)
和歌山城天守から


乾櫓
和歌山城



城内下部にはこんなのもありました。

埋門(うずみもん)
和歌山城
城内に非常用に造られたトンネル状の隠し門。


昭和20年に戦火により消失した和歌山城、
その後昭和33年に鉄筋コンクリート造りで再建されました。

近くで見ると壁のはく離など経年による老朽化が目立ちます。
木造の経年劣化なら見ていても味がありますが、
昭和33年当時のRC造りの老朽化なので、お城としての魅力が薄れている・・・
というのが正直な感想です。


市内から遠目に見上げるほうがいいかもしれない。
和歌山城遠景

(7月12日、早朝の和歌山城にて)
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