2007.11/28(Wed)
久田の里森林公園

ちょっとしたキャンプ場を備えた森林公園

ちょっとした、って言っても普通のテントなら30張り〜ぐらいは楽に設営できる広さです。
遊具施設もあって

芝生も青々と

って、季節外れの写真は夏の終りのモノですがご了承のほど・・・
この森林公園、緊急時以外は自動車の進入が不可となっています。
川向いの交流センターのある駐車場に車を停めて橋を渡ります。
これが交流センター。
急な雷雨のときなんかに非難できます。シャワーなんかもあったり。

駐車場からのアプローチ

この橋を渡ると公園に入れます

夏にはこの橋の下で鮎と一緒に泳げます。
冒頭の案内図を見るとわかりますが、森林浴のできる遊歩道もあります。
バードウォッチングやトレッキングなんかにいいでしょう。
ただし、今の時期だといのししウォッチングと野生鹿ウォッチングになりがちなので注意が必要。
簡単な炊事場やトイレも完備


キャンプに不慣れな人でも大丈夫。
最近はキャンプ場に行くと何でも揃ってますから便利なもんです。
本来のキャンプとは少しばか違うような気もしますけどね。
時代の流れでしょう。
毎年、このあたりの子ども会はここでキャンプをしています。
小さい子供たちがいるときにはとても使いやすい公園です。
BBQをして川で泳いで山歩きを楽しんで、ってね。
実はこの公園一帯、うちの会社が施工したので想い入れがあるんですね〜。
今回は公園内にあるこの橋を施工しました。

2007.11/27(Tue)
国宝 明通寺
昨日に続いて歴史探訪! 『明通寺』

福井県小浜市に位置し、先日の神宮寺から車で10分程度のところにあります。
真言宗御室派、京都は仁和寺の系統ですね。
最初に、よく手入れされた庭園が出迎えてくれます。

山門は階段の上

拝観料400円を支払って進むと参道が二本あります。

この写真を見ていると、行く道、帰り道に区別されているように見えますが、決まりは無いみたいです。
参道先の階段を上がると本堂があります。


その奥には三重塔も見えますが、福井県で唯一国宝に指定されているのが、ここの本堂と三重塔。
この明通寺、806年に時の征夷大将軍坂上田村麻呂公が蝦夷征伐に際して創建したと伝えられています。
入母屋造、檜皮葺きの本堂内では拝観者が訪れる都度、住職が説明をして下さいます。

ここには木造薬師如来像を中心に、右に木造深沙大将立像、左に木像造降三世明王立像が置かれ、ほかに木像不動明立像があります。
いずれも平安後期のもので重用文化財となっています。
深沙大将というのは、いわゆる西遊記の沙悟浄のモデルで、彫像としては日本に三体しかないそうですよ。
ひと通り住職の説明を受け、三重塔へ

三重塔の詳しい説明はココ↑

初層内部には釈迦三尊像と阿弥陀三尊像が安置されています。
角度を変えて

礎石束石ともに自然石が使われ、古来の建築技法のすばらしさが見て取れます。
近代建築もいいけどやっぱり日本人、心が和みます。
本堂の前からみた帰り道方向

天気の加減でくすんでいますが、山々も色付いてきれいです。

雰囲気は変わりますが、帰り道にはお茶室もありました。


福井県小浜市に位置し、先日の神宮寺から車で10分程度のところにあります。
真言宗御室派、京都は仁和寺の系統ですね。
最初に、よく手入れされた庭園が出迎えてくれます。

山門は階段の上

拝観料400円を支払って進むと参道が二本あります。

この写真を見ていると、行く道、帰り道に区別されているように見えますが、決まりは無いみたいです。
参道先の階段を上がると本堂があります。


その奥には三重塔も見えますが、福井県で唯一国宝に指定されているのが、ここの本堂と三重塔。
この明通寺、806年に時の征夷大将軍坂上田村麻呂公が蝦夷征伐に際して創建したと伝えられています。
入母屋造、檜皮葺きの本堂内では拝観者が訪れる都度、住職が説明をして下さいます。

ここには木造薬師如来像を中心に、右に木造深沙大将立像、左に木像造降三世明王立像が置かれ、ほかに木像不動明立像があります。
いずれも平安後期のもので重用文化財となっています。
深沙大将というのは、いわゆる西遊記の沙悟浄のモデルで、彫像としては日本に三体しかないそうですよ。
ひと通り住職の説明を受け、三重塔へ

三重塔の詳しい説明はココ↑

初層内部には釈迦三尊像と阿弥陀三尊像が安置されています。
角度を変えて

礎石束石ともに自然石が使われ、古来の建築技法のすばらしさが見て取れます。
近代建築もいいけどやっぱり日本人、心が和みます。
本堂の前からみた帰り道方向

天気の加減でくすんでいますが、山々も色付いてきれいです。

雰囲気は変わりますが、帰り道にはお茶室もありました。

2007.11/26(Mon)
お水送りの寺 若狭神宮寺
この神宮寺、奈良東大寺の二月堂のお水取りに先掛けて、毎年3月2日に行われるお水送り神事が有名です。
若狭遠敷を生誕の地とする東大寺の開祖・良弁僧正は、二月堂を創建して修二会を始め、全国の神々を招待しすべての神々が参列されたのに、遠敷明神だけが約束の期日に10日遅れて参列。そのお侘びとして若狭から二月堂の本尊へのお香水(こうずい)を送る約束したのが始まりとされます。
境内にあるこの井戸から汲んだお香水は遠敷川の鵜の瀬まで運ばれて流され、10日後に東大寺に届くとされています。

内部にある閼伽井戸。ここからお香水が湧いている。

神宮寺より約1kmほど遠敷川をさかのぼった所にある鵜の瀬

毎年、ここから二月堂の若狭井に向かって、お香水が送られます。

若狭井の水源がこの鵜の瀬で、水中洞窟で繋がっているといわれています。
それがこのあたり。

その昔から現在に至るまで続けられてきた二月堂の修二会と、それに深く繋がっている若狭神宮寺。
かつて若狭・小浜から奈良へと伝えられた大陸文化や歴史の足跡がみてとれ、奈良と若狭が昔から深い関係にあったことを物語る歴史的な伝統行事を大切に継承していって欲しいと思います。
若狭遠敷を生誕の地とする東大寺の開祖・良弁僧正は、二月堂を創建して修二会を始め、全国の神々を招待しすべての神々が参列されたのに、遠敷明神だけが約束の期日に10日遅れて参列。そのお侘びとして若狭から二月堂の本尊へのお香水(こうずい)を送る約束したのが始まりとされます。
境内にあるこの井戸から汲んだお香水は遠敷川の鵜の瀬まで運ばれて流され、10日後に東大寺に届くとされています。

内部にある閼伽井戸。ここからお香水が湧いている。

神宮寺より約1kmほど遠敷川をさかのぼった所にある鵜の瀬

毎年、ここから二月堂の若狭井に向かって、お香水が送られます。

若狭井の水源がこの鵜の瀬で、水中洞窟で繋がっているといわれています。
それがこのあたり。

その昔から現在に至るまで続けられてきた二月堂の修二会と、それに深く繋がっている若狭神宮寺。
かつて若狭・小浜から奈良へと伝えられた大陸文化や歴史の足跡がみてとれ、奈良と若狭が昔から深い関係にあったことを物語る歴史的な伝統行事を大切に継承していって欲しいと思います。
2007.11/25(Sun)
紅葉探訪 若狭神宮寺
紅葉を探して若狭神宮寺へ行きました。


仁王門をくぐり参道を通り山門を抜けて

境内にでると本堂があります。
室町時代に建立され、単層入母屋造り、檜皮葺和様を主体に天竺様繰形、唐様束梁などの手法が用いられています。

ここはお寺でありながら注連縄がはってあります。
元は神願寺といい、その昔この地方を拓き国造りをした遠敷明神を迎え神仏両道の道場とされたことから、若狭彦神社の別当寺となって神宮寺になりました。
最盛時には二十五の寺坊が立ち並んだそうですが、豊臣政権時代の寺領没収、明治時代の廃仏毀釈などを経て衰微したようです。
本堂内部は撮影が禁じられていて、この格子の奥に本尊薬師如来、千手観世音菩薩が祀られています。

境内の木々もほどよく色づき、ここへやってきた甲斐がありました。

本堂の横庭も苔むしていい感じ


横にはお茶室


境内からの山門

今年は暖かくて紅葉も遅かったようですが、なかなかいい感じです。
本堂の横には大銀杏の木があるんですが、そいつは残念ながらほとんど落葉した後でした。
この神宮寺は、奈良は東大寺の二月堂へのお水送り神事で有名ですよね。
その詳細は続編で・・・


仁王門をくぐり参道を通り山門を抜けて

境内にでると本堂があります。
室町時代に建立され、単層入母屋造り、檜皮葺和様を主体に天竺様繰形、唐様束梁などの手法が用いられています。

ここはお寺でありながら注連縄がはってあります。
元は神願寺といい、その昔この地方を拓き国造りをした遠敷明神を迎え神仏両道の道場とされたことから、若狭彦神社の別当寺となって神宮寺になりました。
最盛時には二十五の寺坊が立ち並んだそうですが、豊臣政権時代の寺領没収、明治時代の廃仏毀釈などを経て衰微したようです。
本堂内部は撮影が禁じられていて、この格子の奥に本尊薬師如来、千手観世音菩薩が祀られています。

境内の木々もほどよく色づき、ここへやってきた甲斐がありました。

本堂の横庭も苔むしていい感じ


横にはお茶室


境内からの山門

今年は暖かくて紅葉も遅かったようですが、なかなかいい感じです。
本堂の横には大銀杏の木があるんですが、そいつは残念ながらほとんど落葉した後でした。
この神宮寺は、奈良は東大寺の二月堂へのお水送り神事で有名ですよね。
その詳細は続編で・・・
2007.11/24(Sat)
道の駅 河野

『道の駅 河野』福井県南越前町、R8号線沿いにあります。

敦賀市よりR8号を北上し約20分のところに位置します。
このあたりも平成の大合併で町名が変わりました。
元は駅名にもあるように「河野村」といいましたが、今は「南越前町」になります。
福井県には他にも「越前市」や「越前町」が生まれ未だにピンと来ません。
あまりに安直に『越前』の冠を使いすぎているんじゃないかと思うのは私だけでしょうか?
話題がそれましたが、地名が表しているようにここは越前海岸に面しています。

駐車場のキャパは約30台とそんなに広くはありませんが

標高200mに位置するこの道の駅からは日本海が一望できます。

天気のいいときはすばらしい眺めが楽しめます。
駅舎内には休憩所、セルフの軽食コーナー、物産販売所があります。

北陸自動車道が開通するまでは北陸地方を縦断するメイン道路でしたが、今では昔ほどの
交通量はありません。
夜間はトラックが多いですけどね。
でも、天気のいい日
なんかは景色を楽しみながらのんびり走るのもいいかも♪
今日、明日なんかはアクティブハウス越前で『越前かにまつり』が開催されています。
(道の駅より車で約15分)
市価の2〜3割引でカニが買えますよ。
2007.11/22(Thu)
有害獣駆除!
先日こんなのが獲れました。

いのししです。
今月の15日に狩猟が解禁になりました。
コイツは仕掛けたわなにかかったヤツです。
いえ、私じゃありませんよ。
うちの会社に趣味で狩猟をする人がいるんです。
体調約1メートル、体重15〜16貫(約65kg)の雄の成獣です。
わなにかかったヤツを猟銃でドン! ですわ。
水につけて血抜きをし、内臓を取り除きます。

なかなかこんなん見る機会がないでしょうけど、見たくない方は目をつぶって読んで下さいな。
あるいは理科室の標本だと思ってもらうかね。
で、次に皮を剥くとこうなります。

ますます標本みたいでしょ
明日はコイツをばらして肉をロールして塊にして冷凍保存で完了。
あとは食べたいときに解凍して鍋なり焼肉なりにへんし〜ん・・・です。
一般的にはボタン鍋が知られていますが、私は塩コショーで焼肉!が好きです。
牛や豚に比べると少しくさみがありますが美味しいっすよ♪
こうやって書くと残酷に思う方がいるかも知れませんが、農作物を作っている方には
天敵なんですね。
土地を荒らす、作物を食い散らかす、とやり放題!
ほかにも鹿や猿など、その対策が大変。
だから有害獣駆除なんです。
3枚目の写真の頬のあたりに銃で仕留めた跡があるのが解かります?

いのししです。
今月の15日に狩猟が解禁になりました。
コイツは仕掛けたわなにかかったヤツです。
いえ、私じゃありませんよ。
うちの会社に趣味で狩猟をする人がいるんです。
体調約1メートル、体重15〜16貫(約65kg)の雄の成獣です。
わなにかかったヤツを猟銃でドン! ですわ。
水につけて血抜きをし、内臓を取り除きます。

なかなかこんなん見る機会がないでしょうけど、見たくない方は目をつぶって読んで下さいな。
あるいは理科室の標本だと思ってもらうかね。
で、次に皮を剥くとこうなります。

ますます標本みたいでしょ
明日はコイツをばらして肉をロールして塊にして冷凍保存で完了。
あとは食べたいときに解凍して鍋なり焼肉なりにへんし〜ん・・・です。
一般的にはボタン鍋が知られていますが、私は塩コショーで焼肉!が好きです。
牛や豚に比べると少しくさみがありますが美味しいっすよ♪
こうやって書くと残酷に思う方がいるかも知れませんが、農作物を作っている方には
天敵なんですね。
土地を荒らす、作物を食い散らかす、とやり放題!
ほかにも鹿や猿など、その対策が大変。
だから有害獣駆除なんです。
3枚目の写真の頬のあたりに銃で仕留めた跡があるのが解かります?





