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2017-05

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浅見光彦倶楽部 - 2012.06.25 Mon

5月の軽井沢でのハナシ

軽井沢へ行くなら一度はここへ行かなきゃ・・・
と数年前から思いつつ行けずにいた所、浅見光彦倶楽部へ行ってきた。
浅見光彦倶楽部ハウス

作家・内田康夫氏の作品・浅見光彦シリーズを愛読する身にとっては、
一度は足を踏み入れなきゃならない場所。
その浅見光彦のファンのためのファンクラブなるものもがあり、
その会員のための集いの場所を、ということで造られたのがこの倶楽部ハウス。

倶楽部ハウス前には浅見光彦が使用していたとされるソアラが鎮座している。
ナンバーも「みつひこ」をもじって32-15にしてある。(^^)

浅見光彦倶楽部ハウス

浅見光彦倶楽部会員であれば入館料は無料、
もちろん一般の方も入館可能であるが、入館料500円が発生する。
無論500円を支払って入館したのは言うまでもない。(^^ゞ

ということで熱狂的なアサミストというわけではないけど、
倶楽部ハウス内には浅見光彦に関するあれこれが展示されてるから興味深い。

浅見光彦倶楽部ハウス   浅見光彦倶楽部ハウス

浅見光彦倶楽部ハウス   浅見光彦倶楽部ハウス

浅見光彦倶楽部ハウス


倶楽部ハウスを出た後は、ちょいとクルマを走らせて「浅見光彦の家」へ向かった。
浅見光彦の家

【浅見光彦の家へようこそ!】
ってコンセプトで、ここは宿泊することが可能な施設。
もちろん浅見光彦倶楽部会員、その同伴者、あるいは会員の紹介を受けた方という縛りはあるが。
1階、2階で客室が4部屋ある、ちょっとしたペンションのような施設。

一般のペンションより料金はちょいお高めのようだが、
浅見ファンにはいいかもしんない。(^^)

浅見光彦の家


ここにもソアラが鎮座している。
浅見光彦の家

倶楽部ハウスに置かれているものより、一世代新しい型のソアラ。
内田氏が歴代愛用していたものを置いてるんだろな。

浅見光彦の家

結論・・・

こんなことができる印税生活が夢だな。(^^ゞ


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小田原城 - 2012.06.06 Wed

小田原城

新東名高速初乗りドライブのついでに小田原城まで足を伸ばしてみた。
関東近辺のお城ってなかなか行く機会がないからね。


小田原城周辺は小田原城址公園になっているけど、その公園には一般駐車場がない。。。
天守がそこに見えてるのにあっちをウロウロ、こっちをウロウロ・・・

バス・タクシーの駐車場はあるのに・・・
とまぁ苦労しながらなんとか民間駐車場を見つける。

小田原城は平山城で、街の中にあるお城。
天守を中心とした広ーい公園の中に、いくつかの門とともに再建、復元されている。

小田原城銅門

小田原城


銅門
小田原城北條手作り甲冑隊
月によっては、日曜日に北條手作り甲冑隊なるものが出役して一緒に写真を撮ってくれるそうな。
もちろん私は辞退したけど。(^^;


常盤木門
小田原城常盤木門


ちょいと小田原城の歴史を紐解いてみると・・・

小田原に初めて城を築いたのは小早川隆景の先祖、土肥一族の小早川氏で、
室町時代に入ると、応永23年に大森頼明が小早川氏を追って小田原城主となる。
明応4年、伊勢新九郎長氏(後の北条早雲)が小田原城を夜襲し、大森実頼を真田城に追い滅ぼす。

小田原城を手中に治めた北条氏は関東制覇への道を歩む。
その北条氏の居城として、早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直と5代に渡り拡張工事が続けられ、
天正18年、豊臣秀吉の前に「小田原評定」の末に開城した。

慶長19年、徳川幕府によって広大な小田原城外郭の破却が行われた。
今日ある近世小田原城は、寛永10年の大地震の後、稲葉正則の時代に再建、整備されたものである。


とまぁガイドブックの受け売りであるが、関東エリアの歴史に疎い自分に今更ながら気がつく。(><)

身近なところの歴史は、見聞きする機会が多いから自然と頭の中に入ってるけど、
そうじゃないところは興味がないと全然ダメ。。。
こりゃ勉強し直しだな。

小田原城

天守へ登ってみれば相模湾が一望できる。
小田原城

歴史よりもこの眺望が最高!
ん~、ええ眺めじゃ♪


(5月13日・小田原にて)

二見浦の夫婦岩 - 2011.11.20 Sun

伊勢では二見浦で宿泊。
夫婦岩にほど近いところにあるお宿にに宿泊。

夫婦岩といえば、古来より日の出遙拝所として知られているところ。
お宿にも日の出の写真がいくつか飾られてて、そりゃもう見事なんて♪

こりゃいっちょ早起きして日の出を拝もうか・・・
なんて考えてたら、夫婦岩の間から日の出を望めるのは5~7月だとか。

今の時期は満月が拝めるそうな。
といっても悪天でそれも叶わず・・・チャンチャン


ま、せっかくなので雨天にもめげず参拝してきたよ。
夫婦岩

夫婦岩


これ、二見蛙
夫婦岩

解説板原文のまま記載すると
 当神社(二見興玉神社)の御祭神猿田彦大神は天孫降臨の際また伊勢神宮御鎮座の時に
 道案内をされたので古来交通安全の守護神として広く信仰されております。
 蛙は大神の御使と信ぜられ境内に沢山ある置物は、無事かえる貸したものがかえる、 
 などの縁起により御利益を受けられた方々の献納になるものであります

だそうで
 
 この蛙は御神示によりこの水中にお鎮まりになりました。
 水を掛けると皆様の願いがかなえられます。

ということなので、しっかり水をかけてきた。(^^)


夫婦岩

夫婦岩の沖合約700m先には猿田彦大神縁りの興玉神石(霊石)が鎮まり、
そこは降臨する神の依り代であり、常世の国から神が寄りつく聖なる処と言われてきたそうな。
夫婦岩はこの興玉神石と日の出を遙拝する鳥居とみなされているとか。
男岩は高さ9m、女岩は高さ4mで、その間は9m。
夫婦岩を結ぶ大注連縄は1本の長さ35mで男岩に16m、女岩に10m張られている。
毎年5月5日・9月5日・12月中旬土日曜日に大注連縄張神事が行われるそうだ。


って説明を戴いたけど、雨がひどくてさんざんやった。
天気がよけりゃ写真もじっくり撮れたんやけど・・・
(カメラを濡らすのが嫌で写真もなおざりで・・・)


男岩のてっぺんにあるちっちゃい鳥居にとまっていた鷹もさむそうやった。

スカイパーク - 2011.11.09 Wed

伊丹

伊丹へ行ったときのこと、
スカイパーク伊丹へ寄ってみた。

伊丹空港の滑走路のすぐ横に隣接する公園で、長さが1.2kmもある。
ほどよい高さに丘が造られていて、航空機の離着陸する様がよく見える。

伊丹


ホンマは昼過ぎにも来てたんやけど、その時間はそりゃもう酷い雨で外に出るのを断念。
雨の収まるのを待ったら、雨が上がるころにはあたりはもう真っ暗け。(^^;

時間にして18時前ぐらいやったけど、もうすっかり暗闇と化している。
日が短くなったのを痛感するよな。


でもせっかくなので、50DにEF 70-200mm F4L IS USM を着けて持ち出した。

伊丹

伊丹

伊丹


でも手持ちだからダメね、ブレたのばっかり。
三脚の必要性を痛感したよ。(--;

隣にいたにーちゃんは、バズーカのようなレンズを着けて気合が入ってたしな。


考えてみりゃ、まだコマシな三脚をもってないんだな。

三脚ってどれがいいんだろ?

秋吉台~秋芳洞 - 2011.11.02 Wed

北九州からの帰り道、秋吉台へも寄ってみた。

しばしカルスト台地を疾走 
秋吉台

秋吉台

ちょっと霞がかかったような天気やったけど、まずまずの見晴らし。

この秋吉台は、はるか昔には海でサンゴ礁だったそうな。
その後約3億5千万年を経て、ドリーネや鍾乳洞が発達してカルスト台地になったとか。

 ドリーネ:石灰岩が二酸化炭素を含む水に溶解するために生じるすり鉢状の窪地のこと

秋吉台


奇しくもここを訪れた頃は山口国体の真っ最中。

ここカルスト台地も自転車競技会(ロードレース)の開催地になってた。
幸いその開催日はこの前日だったんで規制も無く走れてよかったけど。


紅葉が始まるとまた違った表情を見せてくれるんやろな。(^^)
秋吉台

てなこと思いながらカルストを1周、
こんなときにはオープンカーはいいよな。
走りながらカメラ片手にバシャバシャ撮りまくり♪



そして丘を下っていって、次に向かうは秋芳洞。

秋芳洞

秋芳洞と書いて「しゅうほうどう」と呼ぶ人もいるけど、正式には「あきよしどう」

秋芳洞(あきよしどう)の語源は、大正15年に昭和天皇が皇太子の頃にここを訪れて命名したとか。
今は合併して美祢市になってるけど、もとは秋芳町(しゅうほうちょう)。
昭和天皇が「あきよしどう」と名付けたものの、地元では今も「しゅうほうどう」と呼ぶかたもいるようだ。

秋芳洞


間の悪いことに鍾乳洞内はどこぞの修学旅行と思しき中学生でごった返してて、
ゆっくりじっくり見ることができなかったけど、それでもササーっとひと回り。

目ぼしい写真を羅列してみましょ♪

秋芳洞

秋芳洞

秋芳洞

秋芳洞

秋芳洞

秋芳洞


最近、洞内の照明がすべてLED化にリニューアルしたそうで、
他所の鍾乳洞と比較するとちょい明るめの秋芳洞。

今までの黄色っぽいスポットライトに照らされる鍾乳洞に比べるとちびっと違和感。(^^;

秋芳洞

ここはこれで人生2回目の訪問。
初訪はなんと高校の頃の修学旅行のとき。

実のとこ、あの頃に比べるとそれほど感動が無かった・・・
それだけ人間的に大きくなったんやろ。。。。。と勝手に解釈。(^^ゞ



大きくなったのは身体だけかぁ。。。


(10月10日 秋吉台にて)

伊賀上野城 - 2011.10.27 Thu

「ぽ」の帰りに、ちょっと歴史探訪。

『道の駅いが』をあとにして、メンバーたっての希望で向かったのがここ。
伊賀上野城

“忍者の里"と呼ばれる伊賀の国の中心が上野城下町、
その町の北側の丘に見えるのが白亜三層の伊賀上野城。

今回同行したNBオーナーのSクンは、かなりのお城フェチ♪
日本100名城ぐらい簡単にクリアするんじゃないのってぐらいのお城好き。

伊賀上野城

お城の名前を挙げば、その歴史がスラスラと口から出てくるぐらいに。
そんな彼に詳しい説明を受けながらの登城、いや勉強になったわいな。(^^)

耳学問で熱中し、資料を入手することも忘れてた。

伊賀上野城の詳細はこちらのブログで紹介されてるので、興味のある方はどうぞ。
いざ上野城へ!

(へへっ、手抜きレポですわ。カッパさんごめんちゃい)


築城400年ってことで、いろんな催し物が・・・
伊賀上野城

伊賀上野城ちびっこ

伊賀上野城

伊賀上野城


せっかくここまで来たので、甲冑を着てみよう♪
ってことになったけど、誰が着るのよってすったもんだ・・・

私はもちろんカメラマンなのでパス、
NAオーナーのtakaクンにモデルになってもらった。
伊賀上野城甲冑

本人も結構乗り気で。(^^)

となればせっかくなので夫婦で甲冑。(^^/
伊賀上野城甲冑

この写真を来年の年賀状に使うとか使わないとか。。。

こんなことして遊んでたら、入場料の500円なんて十分元を取った気分だわさ。


伊賀上野城天守

天守にも登って上野の町を一望。


昭和10年の復元天守とはいえ、桃山形式の木造建築で復興されてる伊賀上野城。

やっぱ木造天守はいいよね。
雰囲気があっていい♪

伊賀上野城


(10月23日 伊賀市にて)

小倉城 - 2011.10.19 Wed

自身初のマイカーでの九州上陸、
天気もいいのであっちをうろうろ、こっちをうろうろ 


小倉城  へも足を運んでみた。
小倉城
考えてみりゃ九州のお城って熊本城ぐらいしか行ったことないな。
そんなにしょっちゅうこれるとこじゃないから当然と言えば当然やけど。

日本100名城のひとつでもある小倉城、
ナビで目星をつけて小倉の街を流してみると地図上にそれらしきランドマークを発見。
そのうち姿を現すだろと思ってクルマを走らせるもなかなか見つかんない。

と思っていると、街の中にいきなりどかーんと現れた。
お城って高台の上にある、って勝手にイメージしてたから。(^^;

小倉城

大手門の前の広場から入って行くと、大手門跡が現れる。
そこからの坂道の先に天守閣が見えてくる。

小倉城大手門跡

そこを左に曲がると槻門跡(けやきもん)があり、その先に鉄門跡(くろがねもん)がある。
槻門は藩主や重役が、他の家臣は鉄門から登城したそうな。

小倉城

天守閣は五層で、一層から四層までは壁が白く四層には屋根のひさしがない。
五層は黒く塗られ、四層よりも大きく造られている。
これは唐造りという様式。

小倉城は1609年に細川忠興により築城。
1837年に城内から発した火災によって全焼するものの2年後に再建。
1866年には第二次長州征討戦において長州藩の攻撃を受け、自ら小倉城に火を放ち焼き払って戦線後退。
現在の小倉城は1959年に再建された鉄筋コンクリートの城となっている。


そのせいもあってか城内は博物館様。
小倉城内展示

小倉城内展示

展示スペースあり、映像説明あり、当時の生活の体感エリアがあったり、売店があったり、
お城の雰囲気が味わえるものじゃなかったな。

しいて言えば天守からの眺めぐらい。
小倉城天守


外から眺めて楽しむお城だな、ここは。(^^)
小倉城

小倉城外堀
この奥には城下の総鎮守となる八坂神社がある。

城内に神社があるのもちょいと珍しい。 


(10月9日 小倉にて)

長浜でぶらぶら - 2011.09.28 Wed

長浜

先日の湖岸ドライブ、こんなとこにも寄ってみた。


長浜城
長浜城

戦国時代末期に豊臣秀吉が城主として過ごした長浜城、
江戸時代前期には廃城になり資材の大半は彦根城の築城に流用。
そのほか、長浜市内にある大通寺の台所門は長浜城の大手門を移したものといわれてる。

現在の天守は昭和58年に伏見城などの安土桃山時代の城郭を模して造られた復元城。
内部は長浜城歴史博物館になってる。

ちょっとのぞいてみようかとも思ったけど、ここへ着いたのが7時半、
とーぜん開いてるわけないわな。(^^;

開館は9時からだったっけか・・・
待てるわけないわな。。。


ま、昭和後期の復元城ならじっくり見なくてもいいけどな。

長浜城

で、天守の周りをぶらぶら

長浜城

んなこと言われなくても登んないけど。


天気もいいし空はどこまでも青空、
夜明け前からずーっと走りっぱなに程よい休憩だわ。

長浜城

この長浜城は今はすっかり陸の上にあるけど、
元は湖面にほど近く、湖水を引いた外堀と内堀に囲まれた水城だったようだ。

水城といえば高松城がそうだったな。



さらに長浜城から歩いてぶらぶら。
そう遠くないところにこんなのがあった。

旧長浜駅
旧長浜駅

現存する駅舎としては日本で一番古く、明治15年に北陸線の始発駅として建てられた。
もちろん一般公開もされてる。
旧長浜駅


この旧駅舎裏手には長浜鉄道文化館と北陸線電化記念館がある。
旧長浜駅

それに旧長浜駅をひっくるめた総称が長浜鉄道スクエア。
長浜の鉄道の歴史と陸蒸気が産んだ文明開化の足音がここに散りばめられてる。

言うまでもなく、時間が早すぎてここも入館できず、
外観だけ見てサイナラですわ。


長浜駅
ちなみに線路奥に見えるのが現在の長浜駅。

このあたり、時間をかけてじっくり歩いてみるとまだまだおもしろいものと出会えそうだ。
長浜浪漫ビール なんて看板もあちこちで目にしたし。(^^)


(9月24日 長浜市にて)

Mercian de 軽井沢 - 2011.06.06 Mon

メルシャン美術館


軽井沢ではこんなところへも寄ってみた。
メルシャン美術館

メルシャン軽井沢美術館


美術館ってなってるけど、ミュージアムショップやレストラン、ウィスキーの蒸留所などもある複合施設。

メルシャンミュージアムショップ


エントランスを抜けると、まず出迎えてくれるのがミュージアムショップ。
画材やアートなグッズ、アクセサリーや書籍が置かれてる。

メルシャンミュージアムショップ


2階は有名(無名もある)作品の模写が展示・販売されてるギャラリー。
メルシャンミュージアムショップ

普段の喧騒を忘れるひとときだな。



ミュージアムショップをくぐり抜けると、なにやらチーズないい香りが・・・

その香りに釣られて行くとたどり着くのがイタリアンレストラン。 ココね
メルシャンレストラン

イタリアで修行したシェフが極上のピッツァやパスタを提供してくれるとか。

でもグッと我慢。。。
だってまだ朝食を食べてから1時間も経ってなかったから・・・


そのレストランの階下がメルシャンプラザで、ワインやウィスキーが販売されてる。
メルシャンプラザ

「ここではワインの試飲ができますよー」
って案内を受けたけど、グラスを手にする前に自分がドライバーであることに気がついた

あぶないあぶない。。。


で、せめて何か目ぼしいものでも買って帰るか・・・と思って物色するけど、なかなかのお値段。

いつも自分が飲んでいるワインとは天と地の差。。。

そのいつも自分が飲んでる銘柄も陳列されてたけど、
そりゃまた近所のスーパーで買ったほうがリーズナブルで。


手ぶらでこの地を後にしたのは言うまでもありません。(^^;

メルシャンプラザ


雨の軽井沢もしっとりしていいもんだ♪




えっ!

美術館の紹介が無いやないかって・・・


実はここに立ち寄ったのは軽井沢ミーティングの当日の朝のこと、
ミーティングの開会時間が迫ってきて、美術館まで足を踏み入れる時間がなかったのよ。

楽しみは次回にとっておきましょう。

美術館よりもイタリアンレストランに興味があったりして♪

法隆寺 - 2011.03.10 Thu

奈良でのおハナシ最終章です。(^^)


奈良から大阪へ向かう途中に法隆寺へ立ち寄りました。
奈良市中心部から少し外れていることもあってか、これまで訪れたことなかったから。

法隆寺

法隆寺は世界最古の木造建築であることは有名ですよね。
また、日本で最初に世界文化遺産に登録された建造物群でもあります。

推古天皇と聖徳太子が斑鳩の地に法隆寺を建立しれたのが607年、
以後約1400年間、今なお幾多の建造物や文化財が現存していることが驚きです。



では中へ入ってみましょう。

まずは正面の南大門
法隆寺南大門
ちなみに、よく似た後姿の2人はうちの息子たち。


南大門をくぐると中門と五重塔が見えてきます。
法隆寺


ここでちょっと記念撮影など。(^^)
法隆寺西院伽藍
法隆寺は大きく西院伽藍と東院伽藍に分かれていて、ここは西院伽藍。


と、ここでオリンパ・E-PL1のバッテリーが切れてしまいました。
これ以降の写真はパナのコンデジ・FX37での撮影になります。
空の青の違いがおわかりでしょうか。(^^)


左右の金剛力士像を横目に見ながら中門をくぐると、まず目に入るのが五重塔。
法隆寺五重塔
この五重塔は日本最古の五重塔。
五重塔は釈尊の遺骨を泰安するための塔で、最下層内陣には奈良時代初期に造られた塑像群があります。
中には入れませんがそのお姿を見学することができます。


五重塔と並んで建てられているのが金堂。
法隆寺五重塔・金堂
金堂には法隆寺のご本尊が安置されています。
ここには金銅釈迦三尊像、金銅薬師如来座像、金銅阿弥陀如来座像、四天王像のほか、
木造吉祥天立像・毘沙門天立像がありました。

いつもいつも思うんですが、これらの仏像を写真に収めれらないのがちょいと残念です。



聖霊院
法隆寺聖霊院
聖徳太子の尊像が安置されています。



さて、次は東院伽藍へ向かいましょう。
法隆寺


舎利殿・絵殿
法隆寺舎利殿・絵殿

夢殿
法隆寺夢殿
東院伽藍の中心となるのがこの夢殿。
八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身と云われる救世観音像があり、その周囲には聖観音菩薩像、
乾漆の行信僧都像、道詮律師の塑像が安置されていました。


法隆寺


時間の都合でササーっと流し見に近い見学でしたが、趣の深いいいところでした。

ここを訪れてつくづく思ったんですが、昨年の平城遷都1300年祭へ行くよりは、
こんなところをゆっくり見て廻るほうが満足感と充実感がありますナ。

もっとも1300年祭は既に終わってるけど。ハハハ(^^)

年の初めの天神さん - 2011.01.10 Mon

昨年末の寒波以来、ずーっと雪に見舞われていましたが、
その雪が小康状態になった8日に京都へと向かいました。

北野天満宮


目的は北野天満宮詣で。

北野天満宮

北野天満宮


ここはいわずと知れた学問の神様、
今年ばかりは超ウルトラスーパー祈願でした。


苦しいときの神頼み・・・とはまさしくこのこと、
今しばらくは胃の痛い状況が続きそうですヮ。。。

北野天満宮

北野天満宮


例年、足しげくこの地へ初詣に出かけていきますが、今年は雪の影響もあって少し時期がずれました。

そのおかげで駐車場への入場待ちも無く、人出も少なくスムーズに参拝できましたョ。

北野天満宮


露店の数も三が日の半分以下でしたけど。

北野天満宮


それより何より、雪がなんにもないのが信じられへん・・・

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